| 四方山話(スーパーファミコン) | ||
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スーパーファミコン四方山話SFCに関する四方山話を。暇つぶしに書いたり、日記の移動だったりする。購入した頃の流れ ゲームソフト 周辺機器 現在 購入した頃の流れ最初にこれを見たのは発売された数ヵ月後だったような気がする。3ヶ月に1回くらいしか交友の無い友達の家に行ったら、SFC内蔵TVが置いてあって、F-ZEROが動いてた。凄くショックだったのは間違いない。で、クラスメートのひとりが「兄貴がこれ買ってたよ」というので、持ってきてもらって当時のゲーム仲間全員でまたショックを受けた。F-ZERO自体がかなり特殊なハードとソフトで動いているとはいえ、グリングリン動くのである。十分なくらいゲームにはまっていた俺たちはこれで火がついた。 それから1週間に1回のペースで、主に金曜の夜12時に皆家を抜け出し、友人のW宅に集合。そして朝5時までゲームして解散。今考えると、とんでもない中坊だと思うが、最近の中坊はどうなんだろう? ということを3ヶ月くらい続けていたら親バレして夜ゲーの会は解散。 そしてついに自分でも欲しくなって買おうと思ったら・・・・兄貴が先に買ってきた。俺が先に買えば俺の部屋に置く優先権が出来るんだけど、タッチの差で負けました。同じ物を2台買うわけにも行かないしね _| ̄|○ で、学校の成績をオヤジと賭けて勝った結果、既に俺の部屋にはTVがあったので、ACアダプタとAVケーブル、コントローラだけを買って、当時3交代勤務だった兄貴が寝ている部屋に忍び込んで迅速に本体だけを回収、見事ゲームに興じる日々が続いた。ちなみに、兄弟持ちなら気持ちはわかってくれると思うが、本体以外の全てを買い揃えるのは以後俺の基本となる。PSのときも同様。FCの頃はACアダプタがなくてコントローラとRFケーブルだけだったが、SFCのときは本体を買う金が浮いたのでACアダプタも中古\500のものを買ってきたって寸法。 ゲームソフトドラゴンクエストFCのところも最初がDQなので、SFCも最初はDQにしよう。と思ったが、実はSFCのDQってあんまりイメージが残ってない。2作しか出てないし、DQ5の時は寮生だったものだからあんまりやりこんでないわけだ。それでもPS2でリメイクされているのでまだマシなほうか。 DQ5はそういったわけで、夏休みに帰省したら兄貴が買ってクリア済みだったので、俺が占有して3週間で稲妻のようにクリア。石像にされてしまうところでDQの新展開を見たような気がするが、ゲーム中を通して悲観的なイメージばかりが記憶に残っているのは自分でも不思議だ。結婚とかいろいろあったのだが。というか良く考えたら結婚のあと石像になったからそんなもんか。 逆にDQ6はサルのようにやった。自宅通学だったので、土曜日なんかは兄貴も仕事だったし、ほぼ占有。職業+スキルのシステムがあったので、時間をかければかけるほど強くなるシステム。そして4から続く天空シリーズの締めでもあったので話は結構単純だった。 今(2005年5月現在)振り返ってみると、DQ・DQ2・DQ3はやりこみ時間が長かったから覚えているし、DQ4はDQ7のあとリメイクされたので割と最近のことだし、DQ5はPS2に移ったDQ8のプレ製品版ということからかなり最近のこと。それを考えるとDQ6はやりこんだ割には一番印象に残ってない。 また、DQ1/2とDQ3がそれぞれリメイクされているが、DQ1/2は今やると多分バカバカしいのでやらない。というかやってない。DQ3はヒマだった頃にやったが、これもいまいち面白くなかった。すごろく場とかつまらなくて、なんか別の要素を入れるとかしたほうが面白かったんじゃないのかと思うくらい。性格とかマジで訳わかんなかったし。 SFC版に限ったものではないが、DQ好きに100の質問をここに置いておこう。ファミコンのところに置いてあるのと共通。 ファイナルファンタジーとくればFCと同様やっぱり次はFF・・・・と行きたいところなんだけど。実はFF4は途中で投げ出し、FF5に至っては手もつけてないという体たらく。まともに遊んだのはFF6だけだったりする。 FF4は兄貴がSFCを買ってきてすぐ買い足したソフトなんだが、システムが一気に面倒くさくなったうえにテンポが悪くなって、一気に変わった世界観にもついていけなくなり、月に乗り込んだ時点で脱落。なんか変。ゲームの作りからか、FFは1から3、2から4とよく言われていたが、正直FF2とはちょっと違うと思った。ちなみに俺は1→3→5は同意するけど、2・4・6だけ独立してると思ってる。 FF5は・・・・寮に入っていた時期にリリースされたのでやるチャンスを逸した。それにFF4の途中から凄くつまらなくなったので期待もしてなくて、やらずじまい。MACのプレハブでTF君がやっていたのは覚えているが、その程度。 で、FF6は・・・というとこれも最初乗り気ではなくて、暇つぶしにちょっとだけやってみるつもりで沙久夜ちゃん(綴りあってるか!?)から借りた。期待しないでやってみたら、すげ―――――――――おもしろかった。勢いでクリアしてしまった。FF2の話の進め方とFF3の機動力、入れ替わり立ち代りのキャラリレーなんかもすんごく面白くて、ツボにはまった。明朗闊達でわかりやすいキャラクターが多いからやってて不快にならなかったし。 と、ここまで書いてなんでFF4を投げ出したかわかった。FF4のキャラクターってわかりづらいんだよ。あーでもないこーでもないと悩みながら裏切ったり裏切られたり本心も読めないしシナリオがちょっと時代を先取り。何を先取りかって、今時のギャルゲーみたいだったんだ。強引にどんでん返しをちりばめました、みたいな感じ。キャラもウジウジしててさ、そうそう。やっと納得だよ。 SFC版に限ったものではないが、FF好きに100の質問もここに置いておこう。ファミコンのところに置いてあるのと共通。 ロマンシング・サガロマサガはどういう経緯でウチに来たか覚えてないが、・・・・・・多分誰かが貸してくれたのだろう、説明書もなくウチに置いてあった気がする。これが結構困ったゲームで、既にコンピュータRPGは攻略本がある前提で作られていて、見えない内部パラメータやノーヒントでの謎解きを強要されるゲームだった。武器の選択肢も狭く、FF2を髣髴とさせるようなつくりであったわけだが、そうなると当然身近な連中はギブアップが続出。兄貴が「助けてくれ〜」って言うから見に行ったら、ダンジョン内でスライムに囲まれた状態でセーブされていて、戦闘回数が多いからレベルも最大、育て方が偏ってるから魔法はほとんど使えない状態。って、3個もセーブポイントがあるんだからダンジョン突入前のデータも残しておけばいいのに・・・。結局ありったけの魔法で2回戦闘をこなして、あとは神がかり的操作で抜けたけど、所要時間は30分(笑)。それでも全体的にみてシステムはそんなに違和感はなかったので、ロマサガ2は発売日に購入。戦闘回数の増加による敵のレベルアップも戦闘中にいきなり技を身につけるひらめきシステムも承知していたので、攻略本なしでもほぼ全てのフィーチャーを体験することができるなど、結構楽しめた。このゲームは、計画的な、というか将来を見越してどのようにも対応できるような進め方が求められる。が、困ったことに1割引でも1万円以上というどうしようもない値段設定のせいでほかのゲームの資金を食ってしまい、このゲームを文字通り飽きるまでやらざるを得なかった。 ロマサガ3は、発売時期にゲームをする環境が手元になかったのと、コンピュータミュージックのほうに注力していたため、手に入れずじまい。誰だったか忘れたが、プレイ風景を覗いたときに一生懸命トレードばっかりやっていたことは今でも覚えている。 メタルマックスコンピュータRPGは元来好きなほうで、いろんなものをやってきた。しかしFC全盛のころではあまりにもたくさんのソフトが発売され、また小中学生に1本数千円のゲームソフトは高価なもので、必然的に取捨選択で悩むことになった。当時は年に買うソフトが2〜5本、ドラクエ以外では兄貴の援助もあまり期待できないため、FC版メタルマックスは敬遠していた。正直なところ、面白そうに見えなかったのである。しかし進学してしばらくすると、学生の頃から今でも付き合いのある雁柚君が盛んに「金属最高!」と叫んでいたのは覚えている。しかも、ことあるたびにこのゲームを薦めてくるのだ。某同好会の話でも書いたが、彼は極めて戦車好きであり、ある種の大艦巨砲主義であるように感じられる。 そんなわけで半ば無理矢理メタルマックス2を貸与された。面白さを感じるところは人それぞれであるが、俺も軍好きでメカ好きだから、ゲームをやってしまえばハマるんだろうなとは思っていたが・・・・予想以上にハマった。 ます、装備で悩む。他のファンタジーRPGでは、そのときそのときに応じて、または最終的にある種の最強装備一択状態があるが、このゲームにそんなものは存在しない。というかコスト・耐久力・攻撃力・航続距離等を考慮して戦車を組むと、下手な戦略シミュレーションより時間がかかる。しかも、意外と上手くいかない(笑)。1ヶ月かけてクリアしたが、結局最初から最後まで飽きずに遊べた。 FCメタルマックスのリメイクである、メタルマックスリターンズも雁柚から借りた。同様、同じようなシチュエーションと世界設定、キャラ構成なのに、全然マンネリしない。というかゲーム自体が珍しいため、まったくそのような陳腐さに気付かない。 余談だが、俺にこれらを貸してくれた雁柚は、2時間も延々とサブゲームである「戦車でバン!バン!」をやっていた。いくらなんでもこれは途中で飽きるだろうと思っていたのだが、全くその様子はなく、楽しげにやっていた。彼は俺よりも戦車に対する愛情が深いのだろう。 ゲーム中に死んだら、死者蘇生の実験を行うマッドサイエンティストであるDr.ミンチに生き返らせてもらえるのだが、彼のテーマ曲でもあるDr.ミンチに会いましょうはシリーズを通して最も好きな曲。 F-ZERO本体のところでも触れたが、最初にプレイしたSFCのソフト。あれほど興奮したゲームはなかなかない。仲間内で猛烈な勢いで遊ばれ、俺もおそらくMuteCityIは千回以上走っただろう。2年後、サークルの合宿にて、先輩が持ち込んだPC98用モニタ(PC-TV454)にSFCを繋いでF-ZEROで遊んでいた。「お前もやる?」というのでおもむろにKING。MuteCityIIIでの玉突きロケットスタートを無難に決めて2分1秒フラット、そしてPortTownIIでショートカットを2度披露、これがセンセーショナルだったらしく、俺のプレイ後にPortTownIIでショートカットに失敗する爆音が数え切れないほど聞こえたのは言うまでもない。 ちなみにMuteCityIのベストは1'59'59。MuteCityIIIは1'59'99。それほどのタイムでもないが、意地で2分は切った。 ウイニングポスト高専の同級生が貸してくれた。俺はあいにくダビスタには面白さを感じない人間だったのだけど、これはかなりやりこんだ。ダビスタは馬主・生産者・調教師すべてを兼ねなきゃならないので、「なんで俺がいちいち調教の指示まで出さなきゃならないんだ?」と。ところがWPはあくまで馬主で、生産者はおまけ、調教は調教師任せというシステムだったので面白みがあった。これは後のWP3以降生産がメインにシフトするけど、基本的には馬主であるということがゲームの根底にあるわけだし、現実的にも多いケースだから問題ないと思う。で、限界まで突き詰めた結果全タイトルを獲得することはできたが、1回のプレイが30年なので、1回で全てのトロフィーを集めるところまではいけなかった。持てる繁殖牝馬が5等という制限もあったし。でも楽しめたのでよし。 WP2もスーファミでやったけど、これはもっとやりこんだ。海外レースにも出れるし、海外の血統も入れられるし。BGMはタケカワユキヒデで、これでピンとこなくても「銀河鉄道999」のゴダイゴといえばわかるはず。このBGMは凄く気に入っている。PC98版ではあとから発売されたWinningPostPlusで繁殖牝馬40頭まで牧場が大きくできるというとても羨ましい仕様だったが、当時学生で金がなかったのでできなかった。残念。 結局WPはWP5までやった。最新作もやりたいとは思うが、光栄三國志やパワプロやっててWPまでやれる暇があるとは思えないなぁ。 エアマネジメント航空旅客経営シミュレーションという触れ込みだったが、感覚的にはモノポリーに近いかな。面白いことは面白いんだけど。当時、雑誌「テクノポリス」で矢野健太郎がレビューしていた「トップマネジメント」が面白そうだったので、きっとこれも面白いのだろうと思ったのだが、そんなでもなかった。ただ、これを定価で買った人はちょっとかわいそう。PCでやればそうでもなかったんだろうけど、SFCでこれはちょっとストレスがたまる、動きは重いし。スーパーファミコンウォーズもうスーパーファミコンも過去のものになってしまった1997年、任天堂は「ニンテンドウパワー」と題して、書き換えロムカートリッジを利用したゲーム書き換えサービスを始めた。コンビニエンスストアのローソンで書き換えられ、お手ごろな価格から一部のコアなマニアに馬鹿ウケしただけで終わってしまった。背景的には・・・というと、94年にはPSやSSも発売、96年にはニンテンドー64までもが発売され、ドリームキャスト発売も間近であったことから、既に過去のものであったスーパーファミコンで潜在的ユーザーから多少の利益を・・・・と感じられる節もあるが、中古市場で多くの問題を抱えていたこともあり、情勢は極めて複雑。 で、肝心のゲームはというと、「ファイアーエムブレム・トラキア776」は通常ロム版で発売してしまったし、俺個人の好みからすると、「ウィザードリィ1・2・3」「メタルスレイダーグローリーDC」と、このスーパーファミコンウォーズ以外はたいしたソフトが出ていないといった感じ。 で、このゲームを買った・・・というか書いたのは98年の夏頃だが、この頃はちょうど面白いゲームのなかった頃であり、なんとなく入手したに過ぎなかった。仕事は程々に忙しく、ビートマニアのブームも落ち着き、仕事→家ゲーという無為な日々を過ごしていたため、ヒマが潰せればどんなゲームでも良かった。が、ちんたら遊んでいるうちに、ゲーセンでは当時1時間待ちも当たり前というダンス・ダンス・レボリューションが発売されてしまった。ビートマニア2dxとDDRがあんまり面白くて、家ゲーはこの頃全くやっていなかった。 しかし時は流れて2004年12月、スケジュールの都合で実家に帰り損ねヒマをもてあますうちにこのゲームの存在を思い出し、急遽引っ張り出した。SFC本体は既に朽ちているため、ロムデータを吸出しエミュレータで堪能。わずか6日後の05年1月5日にはクリアしてしまった。TVを見ながら漫然とやっていた当時、何度も挫折したファイナルステージをクリアしたときには感動した。ドラクエ8より感動した。 ちなみに、ゲームについて語るとBGMについても語りたくなるが、ファミコンウォーズシリーズのBGMはいつも出来が良くて気持ちいい。GBウォーズはいまいちな出来だけど。 周辺機器ターボファイル2ファミコンに繋いで使っていたTF2を、TF2アダプタを使いSFCに接続できるようになったのはうれしかった。もっとも、SFCでは第四次スーパーロボット大戦でしか使わなかったが・・・・。アスキースティックL5 SFCなんと直径8cm厚さ4cmに十字キー+8ボタン、ABXY連射トグルスイッチとスタートボタン自動連打スイッチまで付いてる、アスキーの最高傑作。これでキャプテン翼4の対戦などもこなしたが、TF君は仲間内で「ぷよぷよ」の腕が独り図抜けていたため、ハンディキャップとしてこのコントローラを使わせた。が、結局誰も勝てなかった。もっとも、そのリベンジはSF2ダッシュターボで俺がこのコントローラを使って勝ち、見事果たしたが。 裏側、つまり人差し指と中指で4つのボタンを押させることで、表には十字キーとLRスタートセレクトしか置かず、コンパクトさに貢献していることは間違いないが、そのおかげでユーザを選ぶアイテムになってしまったらしく、PS用やSS用は凄く大きくなってしまったうえに、人差し指と中指部分に2個しかボタンが割り当てられず、親指で操作する前面がボタンだらけになってしまい、使いづらくなった。実に残念。 現在最後にSFCでやったゲームは、確かスーパーロボット大戦外伝魔装機神だったような気がする。本体はまだウチに現存するが各端子がかなりヤバい。手持ちのゲームは全てROM吸出し済みのうえ、量を取るので廃棄予定。アスキースティックL5SFCはちょっと捨てるにはもったいないので、改造してUSBコントローラにする予定。 | |